第四章 歪な放火犯

 日が落ちた街を、キームと少女は歩いていた。
 二人の腕には、相変わらず手錠。
 本署には、まだたどり着かない。
「足元暗いけど、大丈夫?」
「問題無い」
 心配する少女と、言葉少なく答えるキーム。
「ふわっ! ……あ、ありがと」
 少女が転びそうになり、キームが支えてやる。
「あー。もう。どうしてここ、街灯少ないんだろ? 路面状況も悪いし」
 少女はキームの腕につかまり、文句を言う。
 ちなみに、街灯が少なく路面状況が悪い道を選んだのは、少女自身である。
「地図不記載の裏道なんだろ? だったら、仕方ないと思うが」
「それはそうだけどさ……。ねえ。懐中電灯とか持ってない?」
「持ってない」
「そうだよね。あーあ。いっそのこと、どこか火事になってくれないかな。そうしたら、少しは明るくなるのに」
「不謹慎だな」
「別に大丈夫だよ。私がこんな事言ったからって、火事は起こらないでしょ?」
 少女の台詞が終わると同時に、遠くで爆発音が響いた。
 空気が熱気を帯び、空が赤く染まる。
「これって、どうなってる?」
「放火だろ」
「私のせいじゃ、ないよね?」
「当たり前だ」
「そうだよね。うん。だったら大丈夫。よし、現場に行こっ」
「野次馬か?」
「違うよ。何か、手伝えることがあるかもしれないしさ」
「お、おい」
 少女は走り出す。
 火事のおかげで足元が見えるのだろう。
 転びそうな様子は無い。
「まったく」
 キームも少女と並んで走る。
 どうやら、手錠はもうしばらくの間、外せないようだ。

 現場に向かう途中、おかしな男とすれ違った。
 フードを被り、ローブを着た、時代錯誤的異常者の風体をした男だった。
 すれ違うとき、男の体からガソリン臭がした。
「ちょっと、止まってくれない?」
 少女は足を止め、男を呼び止める。
 どうやら、少女も男の異様さに気づいたらしい。
 男は歩みを止めた。
「あなた、どこの給油所の店員さん? よかったら、署まで同行してほしいんだけど」
 少女は銃を抜き、銃口を男に向ける。
「……」
 男は何も答えない。
 男はゆっくりとした動きで、振り返る。
 男の左手、ローブの袖口に銃口が見えた。
「伏せろ!」
 少女の頭を押さえ、伏せさせる。
 直後、無数の発砲炎が瞬いた。
 無数の弾丸が、頭上を通過していく。
 どうやら、男はローブの左腕に機関銃を仕込んでいるらしい。
 今の流れで大体の事は理解できた。
 この男は放火犯で、現在、現場から逃走中。
 なんら、容赦する必要は無い。
 銃を抜く。
 男の左胸に照準を合わせる。
 引き金を引く。
 弾丸は男のローブの中に吸い込まれた。
 着弾した様子はある。だが、男は倒れない。
 何らかの防弾装備をもっているようだ。
 防具は堅い。となれば、武器を破壊するだけだ。
 男は銃弾を受けて怯んでいる。
 銃口を右へ。
 男の左腕があると思われる場所へ、銃弾を叩き込む。
 五発ほど叩き込んだところで、反応があった。
 男の左手が、小さな破裂音と共に弾けた。
 銃弾が機関銃の弾倉を貫き、銃が暴発したのだ。
「ぐ、キサマ、黒髪の銃使い……〈戦乙女〉か」
 男は左腕を押さえながら、キームを睨む。
「残念だが、俺は〈戦乙女〉ではない」
 答えながら、キームは引き金を引いた。
 照準は男の額。
 男は屈んで銃弾をかわした。
 そして一気に、キームの懐に踏み込む。
 男の右手には、いつのまにか、軍刀が握られている。
 居合い切りだ。
「くっ!」
 剣閃が瞬く。
 右腕を掲げる。
 鋼の刃は、キームと少女の間を通過した。
 手錠の鎖が切れた。
 右腕の制約が消える。
 地を蹴り、後ろへ飛ぶ。
 男の追撃が服の端を裂く。
 カウンター気味に、男の右手に銃弾を叩き込む。
 指が数本千切れ、軍刀が男の手から離れた。
「てぇい!」
 隙を突き、少女が男に水面蹴りを見舞う。
 不意をつかれ、男は地面に転がった。
「無駄な抵抗しないでよね」
 両手を負傷した男を踏みつけ、銃を突きつけながら、少女は言う。
「ぐ……ラーグリスクは、フリールに敗北などしない!」
 男ははき捨てるように言うと、何かを取り出した。
 小さな黒い円筒形の物体。手榴弾。
「バカ! 離れろ!」
 少女を蹴り飛ばし、次いで男の手を全力で蹴り上げる。
 天高く、手榴弾は飛ぶ。
 銃口を男のフードの中に突っ込む。
 引き金を、引いた。
 弾が発射され、薬莢が排出される。
 上空で、手榴弾が弾けた。
 男の後頭部から、弾丸が飛び出す。
 後頭部から血を噴出しながら、男の骸は崩れ落ちた。

「いたたた。蹴ることないじゃない」
 転がった時に打ち付けたのか、少女は額をさすりながら起き上がる。
「すまない。ああする以外に、方法がなかった」
 男の体液を拭き取り、銃をホルスターに戻す。
「殺しちゃった、んだよね?」
 フード男の骸を見て、少女は尋ねる。
「みたいだな」
 銃が軽い。マガジンの残弾が減っているのだから、当然のことだ。
「うーん。これって、被疑者死亡で書類送検だよね。えーと、時間は、19:23、と」
 少女は時計を見て時間を確認した後、男のフードをとる。
「なに、これ」
 男の顔をみて、少女は絶句した。
 そこには、有機物と無機物によって構成された、歪な顔があった。
「下手な、芸術だな」
 それ以外に表現のしようがない。欠損した人間の顔を、無理やり無機物で改修した。そんな顔だ。
 通常の自然界に、そんな顔がありうるはずがない。
「体の方も、確かめてみよ」
「ああ。そうだな」
 ナイフを抜き、男の衣類を解体する。
 露になる上半身。
 そこも、顔と同じだった。
 いたるところに、無機物の異質な光が覗いている。
 もっとも異質なのは、男の左腕だった。
 肘から先に、機関銃が生えている。
 有機物と無機物が混ざり合い、完全に一体化している。
「こんな腕の人は、普通いないよね。えーと、サニフィルドHMG 0236ーγ。うわ。これ、フリールとラーグリスクが戦争やってたときのやつだよ」
 遺体の異様さに、既になれてしまったのだろう。フード男の腕についている機関銃の形式番号を見て、少女は驚きの声を上げる。
「よく見たらさ、この服、ラーグリスクの軍服だよね。でも、今のラーグリスクは軍隊なんて持ってないはずだし。なんなんだろ。この人?」
 少女は首をかしげる。
「亡霊だな」
 ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。
「え? 亡霊?」
 少女が鸚鵡返しに尋ねる。
「ああ。まるで、250年の時を経て蘇った、ラーグリスクの亡霊だ」
「うーん……甦った、ラーグリスクの亡霊?」
 少女は腕を組み、考え込む。
「まさか、ううん。こんなことしてる場合じゃない! 来て、キーム!」
 少女は考えることを止め、走り出した。
「お、おい。遺体はどうするんだ?」
「そんなのあと! 街のピンチかもしれないんだよ!」
「ピンチ? まったく、後で説明しろよ」
 少女を追って走る。
 三分ほど走ったところで、少女は足を止めた。
 目の前には規制線。
 遠くに、燃え盛る建物が見える。
 火災現場に来たらしい。
「やっぱり」
 燃え盛る建物を見て、少女はつぶやく。
「何が、やっぱりなんだ?」
「あの建物、戦時中は軍の通信施設だったの」
「軍の通信施設?」
 話が読めない。
 さっきの男と、戦時中の通信施設がどう関係するのだろう。
「さっきの男は、ラーグリスク軍の工作兵だったの」
「どういうことだ?」
「あの男の目的は、通信施設を破壊して、フリールの情報を混乱させることだったの」
「なんのために?」
「ラーグリスクが勝つためよ」
「ちょっと待て。フリールとラーグリスクが戦争していたのは、250年前だろ?」
「そうだけど、ちょっと違うんだよね。来て、準備しないといけないから」
 再び、少女は走り出す。
「ややこしいのは勘弁してくれよ」
 手錠は切れたはずなのに、少女との縁は、もうしばらくの間切れそうもなかった。

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