第三章 記念碑
「〈キーム〉と〈ティルス〉が〈フェンリル〉っていう巨大陸上戦艦を希望湖に沈めたおかげで、戦争は終結したんだよ」
ケロスの手下たちを最寄の交番に留置した後、キームと少女は本署に向かって歩いていた。
本署に向かう理由は、依然として二人を繋いでいる手錠にある。
手錠の鍵が本署にしかないのだ。
道中の主な話題は、250年前の戦争に関することだった。
これは、戦争の英雄の名前がキーム≠セったことに起因する。
かれこれ二十分近く、少女は250年前の戦争について語っていた。
「たいしたものだな」
キームは感心している。
少女は250年前の戦争について、かなりの博識のようだ。
多少、〈戦乙女のキーム〉と〈勇士ティルス〉の色恋沙汰に感情移入しすぎている気もするが、話の大筋は通っている。相当、この話に関する文献を読んだのだろう。
「え?」
少女はきょとんとする。
「その知識量だ。観光ガイドにも、そんなにくわしくは載ってない」
「ああ。そういうこと。べつにたいした事じゃないよ。この街の人にとっては、常識みたいなものだしさ。うーん。そうだね」
少女は時計を見て、空を見上げて、考え込む。
ちなみに、現在の時刻は五時過ぎ。日没までは、もうしばらくある。
「ちょっとだけ、寄り道していかない?」
少女はキームの返答を待っている。
肯定を期待しているのは、言うまでもない。
別段用事はないため、キームとしては何の問題もない。
むしろ、問題があるのは少女の方だろう。
「職務中だろ? いいのか?」
「大丈夫。観光案内も私の仕事だよ。それじゃ、問題ないみたいだし、決まりだね。行こっ! こっちだよ」
少女は急ぎ足で歩き始めた。
キームは手錠に引っ張られながら、少女についていく。
市街を五分ほど歩き、少女はある建物の前で足を止めた。
門柱に、看板がかかっている。
『歴史資料館 別棟』
民家二軒分くらいの小さな建物で、つくりは古い。だが、手入れは行き届いているようだ。
「ほら、ここ。フリールの歴史を知るなら、ここを見ないとね」
「別棟を?」
「そうだよ。ほら、入って入って」
少女に次いで、キームも中に入る。
内装は、歴史資料館としては異常なものだった。
歴史資料館というよりも、どちらかといえば、アルバム館といった感じだ。
壁という壁に、無数のスナップ写真が飾られている。
写真には、老若男女、様々な人が写っている。
「これは?」
「戦争に参加した人たちの写真だよ」
「参戦者? 女も子供も年寄りもか?」
「そうだよ。当時のフリールの人たちはね、若い人も歳をとった人も、男の人も女の人も、街を守るために戦ったんだって。凄いと思わない?」
少女はキームに同意を求める。
「……かもしれないな」
キームは歯切れの悪い答えを返す。
正直なところ、凄いことだとは思えなかった。
旅人はひとつの場所に留まることをしない。
当然、土地に対する愛着など持つはずもない。
居住の弊害が出れば、他の場所に移る。それが普通だ。
キームは今まで、そうやって生きてきた。
それ故に、何かを守るために戦う、ということが理解できなかった。
「うーんと、それじゃ、そろそろ二階に行こ。ほら、少し急いで!」
少女は再び、先導して歩き始める。
木造の階段を上り、二階へ。
二階は展望室になっていた。
眼下には大きな公園が見える。
公園といっても、子供たちのための遊具があるわけではない。
そこにあるのは、いくつもの石碑だった。
夕焼けの中にたたずむ多数の石碑。
石碑の表面には、無数の名前が刻まれている。
それは、ひどく幻想的で、そして、悲しい光景だった。
「これは、戦没者慰霊碑だよな?」
「うん。戦没慰霊碑。ここに書かれている人たちのおかげで、今のフリールはあるんだ」
「今のフリールか」
「うん。たまに悪い人もいるけど、けっこう穏やかな、平和な街」
「そうかもな。少なくとも、外の世界よりは平和だ。外だと、こんな石碑を建てることもできない」
「そうかもね。ふふっ。何か変な感じだね」
「何がだ?」
「慰霊碑見て、平和を実感してることが」
「……そうかもな」
視線を上げる。
夕日はゆっくりと、山の背に隠れようとしていた。
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