第二章 おかしな少女
全治二週間。
医者は、そう診断した。
キームの左腕には包帯が巻かれ、必要以上に痛々しい様子を呈している。
レストラン街での銃撃戦から、一日が経過していた。
午前中、警察署で簡単な事情聴取を受け、既に時刻は正午過ぎ。
さて、どうしたものか。
太陽の下に出て、大きく伸びをする。
問題は、これからどこに行くか、ということだ。
あまり、人が多い場所は好ましくない。
小さな広場のような場所が適当だろう。
観光ガイドを見ながら、思案する。
「あの。ちょっといいかな」
ふと、声をかけられた。
視線を上げると、目の前に一人の少女が立っている。
年は17くらいだろう。
〈利発〉とか〈健康的〉といった言葉が似合いそうな少女だ。
服装は、警察官の制服。警察の関係者だろう。
少女に見覚えはなかった。だが、少女はキームのことを知っているようだ。
「きみ、昨日撃たれた人だよね?」
少女は、キームの腕に巻かれた包帯を見ている。
「ああ」
「その、ごめんなさい」
突然、少女は謝った。
少女に謝られるようなことをした覚えはない。
「どうして謝る?」
「えっと、その、説明しにくいんだけど、私、警官で、昨日の現場で狙撃を担当してて、それで、私が狙撃失敗して、きみを危険な目に合わせてしまったから、えーと、とにかく、ごめんなさい」
少女は頭を下げる。
なんというか、呆れた。
そもそも、あれはキームが規制線の中に入ったために起こった事だ。
この少女には、何の落ち度もない。
相等、責任感とか、正義感が強いのだろう。正直なところ、苦手なタイプの人間だ。
「気にするな。たいしたことない」
いま、他人とあまり関わりたくはなかった。
さっきから、多数の視線を感じる。決して、友好的とか好意的な視線ではない。
少女を巻き込むわけにはいかない。
「用件はそれだけか?」
「うん。そうだけど」
「それじゃ、さよならだ。俺は用事がある」
「あ! ちょっと待って!」
少女は、キームを引き止めた。
よりにもよって、銃創を負った左腕を掴んで。
瞬間、激痛が走った。
「え? あ! ご、ごめん!」
慌てて、少女は掴んだ腕を放す。
「だいじょうぶ?」
少女は恐る恐る尋ねる。
「も、問題ない」
額に、脂汗の気配を感じた。
実際のところ、ぜんぜん問題なくはないのだが、少女の安全を考えると、これ以上関わるわけにはいかない。
「でも、包帯、赤くなってるよ」
さっきまで白かった包帯に、赤い染みが広がっていく。
傷が開いたようだ。
本能的に悟った。
自身の身の安全のため、これ以上少女に関わらない方がいい。
物陰から見張っているやつらよりも、よっぽど危険な気がする。
「大丈夫だ。とにかく、俺は用事が」
「だめ! 処置が先だよ。傷見せて。簡単な処置なら出来るから」
「しなくていい。処置なら自分で」
ふと、少女はさり気なく、キームの右手を取った。
「何をしている?」
少女は手錠を取り出し、キームの右腕にはめる。そして、対の輪を自身の左手にはめた。
「何のつもりだ?」
「手当てさせてくれたら開放してあげる。でも、拒否したら、公務執行妨害でたいほ」
少女は屈託なく笑った。
最悪だ。
左腕は傷のために使い物にならない。
右腕は少女に捕まって不自由。
限りなく無防備だ。戦闘になったら、圧倒的に不利だろう。
「分かった。処置は任せる。その前に、場所を変えたい」
「場所? 別にここでもいいじゃない」
「あー。なんていうか、銃創なんて、あまり人に見られたくないから」
本当は、尾行者を撒いて安全な場所に逃げ込みたいのだが、素直に説明するわけにもいかない。
「あ、そうだね。どこかいい場所は?」
少女は不用意に、きょろきょろと周囲を見回した。
「あ! あんた、昨日捕まえたケロス、の手下!」
そして、隠れていた敵を、わざわざ発見する。
やぶへびだ。
この少女、疫病神に違いない。
「ばれたら仕方ねえ。おい。野郎共!」
ぞろぞろと、そこいらの茂みの中から出てくるケロスの手下軍団。
その数、二十人ほど。全員、小火器を所持。
というか、わざわざ相手などしていられない。
「逃げるぞ。走れ!」
少女の腕を掴み、囲みの薄いところを強行突破。
「逃がすな! 追え!」
背後で怒声が響く。
「ねえ。なんで私が追われるの? 普通は逆じゃないかな?」
走りながら、少女は言う。
悪人に追われる警官。確かに、おかしな光景だ。
「戦える状態じゃない。だから逃げる」
適当な路地に入り、入り組んだ細い道を進んでいく。
「あのさ、この先だけど」
「何かあるのか?」
「行き止まりだよ」
少女の言葉と同時に、視界が開ける。
そこは小さな広場だった。
三方は高い壁。出入り口は一つだけ。
その唯一の出入り口から、ケロスの手下たちが流れ込んでくる。
「まいったな」
完全に追い込まれた。
ちなみに、ケロスの手下たちは走り疲れたのだろう。荒い呼吸をしている。
身体能力はあまり高くないようだ。
普段なら余裕で倒せる。だが、今の状態では、倒される可能性のほうが高い。
まともにやりあえば、の話だが。
「あんたたち、何しに出て来たわけ? まさか、自首でもするつもり?」
少女は、悠然と言い放つ。
全力疾走してきたはずなのに、疲れている気配は一切無い。
「へっ。そんなわけ、ないだろ。ケロス、親分を、豚箱にぶち込んでくれた、礼をしにきたのさ」
呼吸を整えながら、一番偉そうな手下Aが答える。
「そうなんだ。『親分一人だと寂しいだろうから、俺たちも一緒に臭い飯を食います。捕まえて下さい』っていうくらいの、感動的な義理人情見せて欲しかったのにな」
「んな、義理人情あるか!」
少女が言い、手下Aが怒鳴る。
「まあ、そんなことはどうでもいい。そこのおまえ!」
ビシッと、手下Aはキームを指差す。
なかなか、切り替えが早いようだ。
「賞金稼ぎのキームだな?」
「人違いだ」
キームは即答する。
すばやい切り替えしに、動揺するケロスの手下たち。
「人違い? そんなはずねえ。ちょっと待ってろ」
手下Aはどこからともなく黒いファイルを取り出し、めくっていく。
「あった。やっぱりキームだ。間違いねえ」
ファイルに綴じられていた写真とキームを見比べて、確信する手下A。
「こら、てめえ! 嘘つくんじゃねえ! このブラックリストにしっかり載ってるじゃねえか」
再び怒鳴る手下A。
「嘘ではない。賞金稼ぎはバイトみたいなものだ。俺の本職は旅人。つまり、俺は旅人のキームだ」
「バイトで人殺ししてんじゃねえ!」
ぶち切れ、地団駄踏む手下A。
「ふーん。きみ、キームって名前なんだ。戦乙女とおんなじだね」
「戦乙女って、誰だ?」
「え? 知らないの? この街の英雄だよ」
「旅人だからな。この街の事は、あまり知らない」
「そうなんだ。興味あるなら、教えようか?」
「そうだな。それも悪くない」
「無視スンナー!」
あまりにも怒りすぎて、舌さえ回らなくなった手下A。
哀れだ。
「聞ケ! オマエラ! 聞ケ! 俺ハ!」
深呼吸して、舌の調子を整える手下A。
「お、れ、は、さっきも言った通り、ケロス親分をムショにぶち込んでくれた礼をする! そして、キーム! てめえを倒して名を上げる! 俺の名は」
拳を握り締め、胸を張って名前を告げようとする手下A。
「知るか!」
さりげなく一歩踏み込んで、手下Aの顔面に奇麗な蹴りを見舞う。
赤いものを滴らせながら、倒れる手下A。
「兄貴っ! てめえ、よくも兄貴を! 台詞の途中で攻撃するなんて、それでも人間か!」
銃を抜き、銃口をキームに向ける手下B。
銃器の扱いに関しては素人らしく、動きに切れがない。
「やかましい」
手下Bの手を蹴り上げ、宙に舞った銃を右手で掴む。
「いたっ! ちょっと、無理しないでよ」
手錠に引っ張られて、少女が文句を言うが、そこは無視。
「さあ。手を上げろ。他のやつも武器を捨てろ。こいつを殺されたくなかったらな」
手下Bに銃口を向ける。
「なんて卑怯な」
「あいつは悪党か」
口々に好き勝手なことをほざくケロスの手下たち。
「おまえら。俺に構うな。俺はどうなってもいい。親分と兄貴のかたきをとってくれ!」
キームを睨みながら、叫ぶ手下B。
「馬鹿なことを言うな! 俺たちは、誰一人欠けちゃいけねえ。ファミリーなんだよ! かたきをうつために仲間を失うなんて、そんな馬鹿な事できるかよ!」
手下Cが、呼応するように叫ぶ。
「そうだそうだ!」
「俺たちはファミリーだ!」
「誰一人、犠牲にさせるか!」
各々、熱い心の声をぶちまけるケロスの手下たち。
「おまえら……。すまねえ。けどな、ここで、俺が犠牲になる以外に、道はないだろ?」
ニヒルに笑う、手下B。
「いや、そんなことは無い。ここには仲間がいる。皆の力を合わせれば、何とかなるはずだ!」
全力で叫ぶ、手下C。
「いや、ならないと思うけど」
冷ややかに、少女は言う。
「そうだな」
キームも少女に同意。そして、手下Bの足元に向けて発砲した。
場が、静まり返る。
「茶番は飽きた、今すぐ答えを聞かせろ。こいつを殺してほしいか、ほしくないか?」
冷静に、否、冷酷に、キームは尋ねる。
「おまえら。脅しに屈するんじゃねえ」
手下Bは叫ぶ。
キームは、銃口を手下Bの頭に向ける。
「答えを出せ。最終勧告だ」
手下Cは、手下Bとキームを見比べる。
「くそ、無理だ。俺たちは、仲間を見捨てるなんてことできない」
手下Cは嘆き、銃器を捨てた。
その他多数も、同じように武器を捨てる。
「おまえら……馬鹿やろう」
手下Bは目頭を押さえる。
決着はついた。ケロスの手下たちに、戦う意思は残っていない。
「それじゃあ命令! この人を殺されたくなかったら、全員自首すること」
さりげなく、少女が命令を下す。
「自首って、明らかに、脅迫されているのは俺たち」
手下Bが口答えする。
「うーん。まあ、そうかもしれないけど、あなたたちには、いろいろと逮捕状が出てるんだよね。それはそれ、これはこれ、ってことで、自首してくれない?」
少女は手下たちに、やさしくお願いする。
やさしくお願いしながら、左手を、キームの右手に添える。
「命と自由、どっちが欲しい?」
少女は微笑み、キームが持つ銃の撃鉄を上げた。
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