第十章 死神

「終わったな」
 銃をホルスターに戻す。
 ぽつりと、天井から液体が降ってきた。
 消火剤だ。
 アルコールの燃焼によって発生した熱に反応したのだろう。
「艦が、泣いてるみたいだね」
 ティルがつぶやく。
 消火剤はガルムを中心に降り注ぎ、ガルムの血を、排水溝へと流していく。
「とりあえず、制御装置を探すべきだ。〈フェンリル〉を止めなければ終わらない」
「うん。そうだね」
 部屋中を見回す。
 機械は多数存在するが、制御装置らしきものは見当たらない。
「ねえ。キーム。あいつが持ってる可能性、ないかな?」
 ティルが、部屋の中央に立つガルムの骸を指差す。
「可能性は高いだろうな」
 ガルムが動かない。おそらく死んでいるのだろうが、その骸は床に固定され、倒れることなく直立していた。
「私、調べてくる。動いたときはよろしくね」
「おい、ちょっと」
 止めようとした時には既に、ティルはガルムの骸に近づいていた。
「ったく。焦りすぎだ」
 銃把に手を添えながら、動向を見守る。
「うーん。何もないよね。やっぱり」
 ガルムの周囲を一通り調べた後、ティルは腕を組んで考え込む。
 何も見つからなかったようだ。
 ということは、いったいどういう事だろう。指示を出す装置がないのに、ガルムはここから指示を出していた。
 テュール艦長は、ガルムがナノマシンを通して指示を出していると言っていた。
 ガルムは死んだはずなのに、指示は止まっていない。
 依然、〈フェンリル〉は動き続けている。
 導き出された結論は、最悪のものだった。
「ティル! そいつから離れろ!」
「え?」
 ティルはガルムの方へ振り返る。
 ガルムが、動いていた。
 スローモーションのようにゆっくりとした動きで、ティルを殴りつける。
 ティルが、吹き飛んだ。
 壁まで吹き飛び、背中をしたたかに打ちつけ、床に転がり、動かなくなる。
 ティルは動かない。うめきもしない。気を失っているのか、それとも……
 駆け寄る。
 大きな外傷は見当たらない。呼吸もしている。
 意識を失っているだけだ。
 ティルが持つ突撃銃は、折れて壊れていた。
 突撃銃を盾にして、直撃を避けたのだろう。
「ごの、ムシケラどもが!」
 ガルムが吼えた。
 炎が消えてナノマシンが再び活動を始めたため、復活したのだろう。
 その咆哮に反応するように、加速度的に傷が治っていく。
「おまえらさえいなければ、私は元帥になれるのだ。フリールさえ落とせば、私は元帥になり、ラーグリスクは私のものになるのだ!」
 ガルムは吼え続ける。
 吼えるガルムとは対照的に、キームは冷めていた。
 何かが、キームの中で切れていた。
「おまえらさえいなければ! おまえらさえいなくなれば!」
 ガルムが右手を突き出す。
 手のひらに、砲門が現れる。
 キームは動かなかった。
 銃を構え、ただ、引き金を引く。
 放たれた銃弾は、砲門の中に吸い込まれた。
 ガルムの右手で爆発が起こる。
 ナノマシンが構築した火薬に、熱を帯びた弾丸が触れ、暴発したのだ。
「ぐうっ! キサマ、おのれ!」
 今度は左手を突き出す。
 手のひらに、小さな銃口が六つ生まれる。
 ガトリング砲だろう。
 キームは動かない。
 ただ、照準をずらして、引き金を引く。
 六つの発砲音。
 弾丸が、ガルムの左手の銃口の中に吸い込まれる。
 ガルムの左手が、爆発する。
「ぐうっ! く、きさま、何者だ?」
 ナノマシンによって、ガルムの両腕は瞬時に再生した。
 だが、即座に銃口や砲門を作る気はないようだ。いくら再生できるとはいっても、暴発すれば痛いのだろう。
 空になったマガジンを捨て、新たなマガジンを入れる。
「キームだ」
 銃口をガルムの額に向ける。
「キームだと? キサマが〈戦女神〉か!」
「違う。〈戦女神〉は三代目。俺は十三代目。〈死神〉だ」
 引き金を引く。
 弾はガルムの額に刺さる。
 刺さりこそするが、硬い装甲に阻まれ内部に届かない。
「ははは。馬鹿め! たとえ〈死神〉だろうが何だろうが、ナノマシンが構築した装甲を破れるわけがないわ!」
 ガルムは笑う。
 これは、愚か者の笑いだ。
「一つ聞く。おまえは、何のために戦争をしてきた?」
「何のためだと? 決まっているではないか。愚かなフリールに鉄槌を下し、そして、私が全てを支配するためだ!」
「そうか。ならいい。おまえに、同情する必要はない」
 再び引き金を引く。
 銃弾は、再びガルムの額を打つ。
「無駄だということが分からぬのか? お前が撃った弾はナノマシンが分解し、我が体の一部となるのだ」
 再び引き金を引く。
 銃弾は再三、ガルムの額を打つ。
「ナノマシンは、完全に制御をする事が出来ない技術だ。銃弾を分解する時に、お前の装甲を分解していないと言い切れるか?」
「な? 何だと?」
「餞別代りに教えてやる。自惚れは自滅の原因だ。覚えとけ」
 引き金を引く。
 4発目の銃弾は、ナノマシンの分解作用によって強度が低下していた装甲を砕き、ガルムの脳内へ突き刺さった。
 本来ならば貫通するはずの銃弾は、後頭部の装甲に弾かれて内部で跳弾する。
 跳弾し、ガルムの脳を破壊していく。
 ガルムの動きが止まった。
 ガルムの体全体を覆っていた、ナノマシンの装甲が崩壊していく。
 それは、全ての終わりを意味していた。
 〈フェンリル〉のエンジン音が止む。
 同時に、何かが軋む音が聞こえた。
 ガルムと同様に、〈フェンリル〉もナノマシンの停止によって崩壊を始めたのだろう。
「脱出、しないとな」
 崩れ落ちる天井を見ながら、キームはぽつりと呟いた。

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