第九章 提督ガルム
ブリッヂを出て、すぐ側の螺旋階段を下る。
20メートルほど下ったところで、階段は途切れた。
目の前に、頑丈そうな扉が聳えている。
「ここだな」
銃の調子と残弾数をチェック。
問題はない。
ティルも同様に、問題無いようだ。
制御室を制圧して、〈フェンリル〉を止める。それが、最優先目標。
扉を押し開ける。鍵はかかっていなかった。
「いくぞ」
「おっけー」
中に踏み込む、
そこは、巨大な空間だった。
殺伐としたコンサートホール。そんな感じの場所だ。
冷房が効いている。おそらく、機械の動作環境のためだろう。ナノマシンの制御に用いられると思われる機械が、壁を埋め尽くしている。
この部屋の住人は、部屋の中心にいた。
彼もまた、ナノマシンによる補正を受けているようだ。
全身を無機質に覆われ、腰から下は床の機械類と融合している。
人であった様子など皆無といっていいほど残っていない。
まるでそれは、人に似た形をした無機質の木が、機械の床から生えているような光景だった。
「おまえが、ガルムか?」
銃口を突きつけ、尋ねる。
無機質の木の中で、目と口だけは人間のものだった。
それらは、常に不気味な笑みを浮かべている。
「そうだ。ラーグリスク軍大将にして、次期元帥のガルムだ」
無機質の木は肯定した。
「250年前に戦争は終わっている。軍事侵攻は無意味だ。今すぐに艦を止めろ」
拒否した場合は即刻撃つ。そう決めた
「止めろだと? 誰に向かって口を聞いている」
ガルムは尊大な態度で答える。説得は無意味と判断。
引き金を引く。
狙いは頭部。
放たれた弾丸はまっすぐに飛び、ガルムの額に当たった。
着弾。ガルムは仰け反る。
仰け反りはするが、生命反応が停止した様子はない。
「痛い、では、ないか!」
ガルムは、不気味な動作で起き上がった。
額には、銃弾が刺さっている。
どうやら、ナノマシンの補修によって、全身の強度が上がっているようだ。
だとすれば、拳銃よりも威力のある武器で叩くしかない。
「ティル!」
「任せて!」
ティルは突撃銃を構え、引き金を引いた。
マガジン1つ分、30発の弾丸を5秒足らずで撃ちつくす。
全弾命中。
しかし、表層に突き刺さってはいるが、貫通しているものは一つもない。
「このようなもの、私には無意味!」
化け物のように、ガルムは無傷をアピールする。
「効いてない? だったら、これでどう?」
ティルは手榴弾を投擲する。
ガルムは半身が床に固定されている。普通なら、無傷であるはずがない。
閃光と爆音が響いた。
「効かぬと言っているだろう」
煙の中から現れたガルムは、僅かな傷も負っている様子はなかった。
それどころか、さっきまで刺さっていた銃弾が消えている。
「っ! 化け物め」
反撃に備え、身構える。
銃器による攻撃が一切効かないとなると、不用意な攻撃は弾を無駄使いするだけだ。
「くらえ、愚か者ども」
ガルムは、両手を前に突き出した。
指先に、小さな穴が生まれる。
次の瞬間、指先で発砲炎が瞬いた。
地を転がり、避ける。
ガルムの指から、機関銃のように無数の弾が吐き出される。
「ったく、ろくでもねえ」
回避しながら、思考を巡らせる。
おそらく、ガルムの強さの秘密はナノマシンにある。
どうやってるかは分からないが、こいつはナノマシンをある程度制御出来ている。
本来、ナノマシンの作業効率はあまり良くない。だから、損傷した〈フェンリル〉を修理して戦えるようにするだけで250年も要した。だが、ガルムの周囲のナノマシンの作業効率はかなり良い。指の構造を一瞬で銃にするなど、外部のマシンならできないだろう。
外部とこの空間では、何かが違うのだ。
依然、ガルムの銃撃は続いている。ナノマシンのおかげで、弾切れもないのだろう。
弾道を読み、回避しながら、思考を巡らせる。
外部とこの空間で異なること。それは、恐らく……
答えが見つかった。
バックパックから医療用キットを取り出し、中に入っていたビンを放り投げる。
ガルムの頭上で打ち抜く。中の液体がガルムに降り注いだ。
「なにだ、これは?」
射撃を中断し、ガルムは呆然とする。
恐らく、外部とこの空間で異なるのは気温だろう。
ナノマシンはその特異性により、動作環境が大きく制限される。
温度的な要因も、考慮しなければならないはずだ。
そして、ガルムに降り注いだ液体は、消毒用アルコール。
当然、可燃性だ。
銃を構え、撃つ。
銃弾はガルムの体に弾かれる。
だが、着弾した時点で銃弾が持つ運動エネルギーは熱エネルギーに変わり、アルコールに火を点した。
一瞬で、ガルムの体は青い炎に包まれる。
「な、きさま! おのれー!」
炎の中で、ガルムはもがく。
ナノマシンが正常に作動していないのだろう。その動きはひどくぎこちない。
「医薬品も、使いようだな」
銃を構える。
ナノマシンの動作不良によって、ガルムの装甲には多数の継ぎ目が生まれていた。
そこに狙いを定め、引き金を引く。
銃弾は装甲の合間を縫って、ガルムの中に吸い込まれた。
装甲の間から、赤い血が流れる。
「私のことも、忘れないでよね!」
ティルがとどめとばかりに、無数の弾丸を叩き込む。
勝負はついた。
ガルムは継ぎ目という継ぎ目から血を流し、動かなくなった。
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