近頃、変質者が出没するらしい。
 なんでも、その変質者はサングラスをかけ、真っ黒のコートを着て、夜の街を徘徊しているという噂だ。

 私は、暗い夜道を歩いていた。
 街灯が疎らな真っ暗な道。
 変質者が突然現れてもおかしくないシチュエーション。
 正直怖い。
 突然物陰から現れたらどうしよう?
 そんな事を考えたら、自然と足取りも速くなる。
 あれ? 街灯の下に誰か立っている。
 白っぽい人だ。
 大丈夫。噂の変質者は黒いコートを着ているらしい。とすれば、白いこの人は変質者ではない。
 変質者ではないにしても、気味が悪い事に変わりはないのだけど。
 白い人の前を通り過ぎる。
 白い人は、何をするわけでもなく、街灯の下に突っ立っている。
 不気味だ。もしかしたら、新種の変質者かもしれない。
「ねえ。きみ」
 背後から、声がした。
 声の主は、間違いなく白い人だ。
 無視だ。気にしたら駄目。
「赤い服が似合うよ」
 寒気がした。
 足が動かなくなった。
 ひた ひた ひた
 背後から足音が近づいてくる。
 カリカリカリカリ……
 金属が地面を擦る音がする。
 振り向く。
 本当は振り向きたくなかった。なのに、振り向いてしまう。
「あ、あ、あ、あ」
 声が出ない。
 そこには、男が立っていた。
 全身を真っ赤に染めて、血の滴る大きな鉈を引きずっている男が。
「ぼくが染めてあげるよ」
 男が鉈を振り上げる。
 鉈がゆっくりと、振り下ろされる。
 鉈の動きはとてもゆっくりで、次の瞬間、私の目の前は真っ暗になった。
 真っ暗になったといっても、意識を失ったわけではなかった。
 私の目の前に、黒い物が現れたからだった。
 それが黒いコートだと気づくのに、少し時間がかかった。
 金属同士がぶつかり合う音がした。
「ったく、あぶねーな」
 白い男とは別の、若い男の声がした。
「いい加減、成仏しろっての!」
 コートの男が吼える。
 白銀の何かが舞って、断末魔の叫びが聞こえた。
 恐怖は去った。なんとなく、そう感じた。
「おい。大丈夫か?」
 コートの男が振り返る。
「あ、ありがとうございます」
 男の手を借りて立ち上がる。
 その時になって初めて、私は男の顔を見た。
 夜だというのに、男はサングラスをしていた。
 そして男は、さっきの白い男が持っていた鉈よりもさらに巨大な、白光りする剣のような物を持っていた。
 男は黒いコートを着て、サングラスをかけていた。そして、巨大な刃物を持っている。
 明らかに、変質者だった。
 そう思ったら、怖くなった。
 怖くなって、安堵して、怖くなって。
 よく分からない状況に、涙が流れた。
「お、おい。怪我でもしたのか?」
 目の前の変質者は動揺する。
「変質者なんて、最低っ!」
 私は、変質者の頬を叩いた。
 叩いて逃げた。
「お、おい」
 変質者が声をかけてくるが、振り向かずに一目散に逃げた。
 変質者は追いかけてこなかった。

「それで、その女の子からお礼代わりにビンタを貰ったってわけ?」
「そうですよ。おまけに口の中切っちまって、飯もろくに食えません」
「そう。それは災難だったわね」
 紅月市役所地域災害予防二課のデスクで、上之 祭は突っ伏していた。
 頬は真っ赤に腫れ、湿布が貼ってある。
 紅月市の平和を守るため、紅月市役所“地域災害予防二課”に所属する上之 祭は、日夜変質者と間違われながら、健気に戦っている。


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